過去の話題から:会長小柴恭男
宮内庁御用達
こんなところにも・・・続編
昭和天皇のお風呂
太平洋戦争(第二次世界大戦)で宮殿(皇居)が全焼したとき、急きょ皇居の防空壕内に陛下が仮住居をしました。 お風呂がなくてお困りでした。当社は特命で投げ込み湯沸器を急いで製造し、納入しました。
設計は関東配電(現東京電力)の松田技師。
発熱体はユーリカ線(ニッケルと銅の合金)、素焼碍子のボビンに5キロワットのヒーターを捲きつけました。
ケーシングは1.6tの黄銅板で直方体(150×150×300 単位はmm)でした。
皇居一般参賀のお立ち台
新年、天皇誕生日等、恒例の皇居での一般参賀。特設(仮設)のガラス張のお立ち台の下部に当社の電気ストーブ(MT型)が設置されています。 安全のため、電気的に三重絶縁構造となっています。
ピアノ室が冷えますね!
昭和天皇の良子皇后が朱塗りのピアノをお弾きになるとき足腰が冷えないように当社のパネルヒーターをご使用頂きました。
新宮殿のセントラルヒーティングを春先消したあとの寒い日に。
皇太子誕生の秘話
当時の宮内庁病院は近代的な暖房設備(空調)が入っていませんでした。そこで美智子様(現皇后)に安心して出産していただくため、当社の特注ストーブを納入しました。
最初は2月出産の予定が新年早々に生まれそうだとのお知らせで、担当社員は年末もふるさとに帰らず作業し、無事に納入しました。
社員の親より「タダヨシ キタクセズ イカガイタシタカ」(タダヨシとは社員の名前)の電報をもらい至急返事をしました。今ならさしずめ携帯かEメールが活用されますが・・・・。
お生まれはやはり2月23日でした。
葉山御用邸の火事にはびっくり!
那須、葉山、沼津等御用邸の暖房は、すべて昭和5年にウエスチングハウス社(アメリカの電機メーカー)献上の電気ストーブで、菊のご紋章がついていました。当社がメンテナンスを続けて来た品でした。(皇室は物を大切にしています)。
葉山御用邸が焼失したときに「もしや」とびっくり。変質者の放火とわかって胸をなで下ろしました。
大膳寮での調理
大型鋳込みヒーター、ホットプレートが昭和天皇の厨房の熱源でした。これなら安全。でも、大膳寮とお召し上がりになる場所が離れていて冷めなかったかしら。
呉竹寮ってご存知?
現天皇のご兄弟は義宮様を除いて上は全部お姫様。お姫様たちのお住まいの建物を呉竹寮と言いました。各種ヒーターを納入しましたが、付近の蚕糸所(皇室では養蚕をしておりました)の保温ヒーターも当社で納入しました。
パン焼窯でウェデングケーキ
高松宮家(昭和天皇の弟君)は港区高輪にあります。当社から徒歩5分(当時)の距離。パン焼窯を設計納入させていただきました。
後日光輪閣となり結婚式場となりました。当社現社長も昼まで仕事をして床屋に行き夕方の光輪閣での挙式に間に合いました。 自分の設計したパン焼窯でまさか、自分のウェデングケーキを焼いてもらうとは・・・感激しました。
当時の思い出
宮内庁の小切手は日本銀行の発行。―市中銀行のものより大きいのです。
電話はダイヤル式で、指が一番短かく動く23−1111でした。
電話をかけると「ウケタマワリマシタ」、終わると「ゴキゲンヨウ」。交換嬢は上品な言葉遣いでした。
平成3年松の間で陛下のお言葉を聞く
ヒーター業界永年一筋で黄綬勲章受章のとき。仕事でしか入ったことのない皇居にモーニング姿で参列致しました。
連絡先
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日本ヒーター株式会社 |
